愛真の3 年間で学んだ他者へのリスベクトの精神、手の取り合い方の基本が、今の仕事に確かに生きています

キリスト教書編集者として、様々な信仰・神学を持った方々と文書を通して対話をしています。そこに信仰・宣教の知恵を見出し、紡がれた言葉を集め、本という形にして届けるのが仕事です。愛真時代に同級生から問われた問いがこの仕事の原点にあります。「大志はなんでキリスト教信じてんの?」「死んだら天国行けるから…かな」「それってご利益宗教と一緒だね」「……。」ふとしたきっかけで投げかけられた「なぜ信じるのか」という問いは高校・大学とくすぶり続け、その答えを探すようにしてキリスト教出版の世界に入りました。
仕事における出会いの中には、信じてきたことをひっくり返されるような出会いもあります。その原体験は間違いなく愛真です。様々な信仰の背景を持つ先生方の講話、多種多様な生徒による感話、寝食を共にする全人的な交わり。それは自分の世界を広げてくれる出来事であると同時に、時に心をかき乱され、「ではお前はどう生きるのだ」「お前は彼らとどう生きるのか」と問われることでもあります。かなり独善的な信仰を持った生徒でしたが、愛真の3 年間で学んだ他者へのリスベクトの精神、手の取り合い方の基本が、今の仕事に確かに生きています。
出版業界もキリスト教界も見えている未来が明るいわけではありません。時折届く「あの本をきっかけに洗礼を受けた」「あの言葉に支えられた」という言葉に慰めと希望をもらいながら、涙と共に種をまくような営みです。それでもなおこの働きを続けるのは、「お前は何のために生きるのか」と問いかけ続けてくる、大いなる存在の声を今も遠くに間いているから、そして愛真を建てた方々と同じく、その声の主にこの世界の未来を懸けているからです。

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